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2009年1月

中国市場へコメ輸出

中国コメ市場の情報  2009.1.28

トウモロコシや小麦など国際穀物の暴騰相場は落ち着いたが、世界的な食糧の不安が解決したわけではない。国内では食糧自給率を現在の40%から50%に引き上げるべく政府は懸命である。

農業政策は時の内閣が決めるというよりも、国策として長期の方針が決められ表面的には紆余曲折はあるが、根幹は揺るいでいない。それが農民のため農村の活性化に貢献しているかどうかは別問題である。国家利益にかなっていると時の政府が判断すれば農業が生け贄のヒツジとなることもある。

その具体化が貿易自由化論でありミニマムアクセスの副作用が工業用コメの主食用転売事件である。長期的な観点に立てば中山間地の限界集落を生み、平場の農村を衰弱させた国際分業の進め方が正解であったか議論の余地はあろう。

米価維持を旗印に減反を強いてきたが米価は10年で半値になった。米価を維持したいから減反をしたのか、米価を国際価格に近づける既定方針があり、減反不徹底が米価を引き下げた構図が必要だったのかいずれは検証される時がこよう。

減反は行われた事実があり米価が半値に下がった事実がある。だが責任論は出てこない。そして減反廃止の政策論議が始まりつつある。

以上の情勢を踏まえてコメの中国輸出を考察する。読売新聞・新潟版1月9日の記事によれば2007年産から始まった中国市場輸出は店頭価格が2キロ2700(日本円換算)で庶民が買うコメの20~30倍だという。

東京のスーパーでも1キロ600円弱で、中国の1300(1キロ換算)はいかにも高い。日本からの運賃・検疫など経費の報道は少なく実態は分からないが、食糧については爆食と表現され国際食糧市場で飛沫を浴びているとも伝えられている日本であれば、調査費を投入していくらの価格であれば何十万トン、何百万トン売れるかの可能性を探るべきだろう。

コメを含む食糧は高度に政治的商品であるだけに商業ペースで進まない側面がある。農産物の自由化で締め上げられている日本が、コメの輸出の可能性を探った情報がなくて減反廃止論議を始めるところに農業者の不安がある。

コメという商品は農水省・県・全農の関わりが強く生産さえ自由が利かない。まして輸出業務など農業者の範疇でないだけに、関係機関の奮起が待たれる。

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減反と農協組織

減反廃止の風に立ちはだかる農協

2009.1.22.

減反廃止の風が勢いを増している。自衛隊の元締めを何回も経験している石破農相が火付け役だけに破壊力がある。農政が注目され百年に一回とも言われる世界金融危機を突破するのは農業改革だとする主張さえある。

減反など農政の失敗が食料の自給率と安全や信頼の低下につながり、農村の衰弱をもたらしているが、農政論議の興し方にも誤りがあったのだろう。農業がテーマとなって熱い論戦が起きても、農業政策として具体化し実施されると政策意図と違う展開になる。

古くは1961年の農業構造改革事業である。東京オリンピックを2年後に控え活気あふれる経済で食生活も変わると予想し稲作中心から農畜産物へと選択的拡大する『農業構造改革』をうたい上げた。食生活は変わったが農業生産は変化に対応できず過剰米を生み出し減反へと歩んだ。構造改革事業は次第に水田区画整理の代名詞に矮小化されていった。ミニマムアクセスの6100億円補助、コメ市場の機能停止、作る自由売る自由を宣伝した新食糧法の挫折など事例は沢山ある。まさに猫の目農政だ。

こうした結果を招来するのは当事者である農業者が政策論議に参加せず、しかも運用の監視機能が弱いことにも原因があるのではないか。農業に限らず産業界は個々の企業が政策論議に参加する事はなく業界組織が代表を送り、実情を伝えながら意見を述べる。農業の場合の業界代表は農協組織である。

農協は農業者が自らの利益を守る目的で出資して作った組合だが、組合員の農業者と農協組織の利害が一致していない局面が多くなっている。農協が票田をバックに組織の利害を前面に出せば、農業者に不利益な発案と政策運用監視になるだろう。しかも農協は農業と農村の隅々まで影響力の浸透した減反政策の執行者だけに重大である。

すでに減反廃止の風を遮るべく農協役員の幹部が発言を始めているし、マスコミの論調は農協の姿勢に成否がかかっている、と述べているところもある。減反廃止は農協の換骨奪胎であり、再生である。農協の発言に注目したい。

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不況失業と就農

失業救済の緩衝地帯になれるか農業 

2009.1.19.

低い食料自給率や高齢農業者など農業が注目されるムードに覆いかぶさるように、金融不安に端を発した世界的不況で職を失った人達の救済問題の受け皿に就農が浮かび上がってきている。

農村と農業は不況失業の一時避難の役割を果たした歴史がある。その頃の農業は労働力が人畜中心であり、自給自足色の濃い家族経営であった。その中に受け入れられる失業した身内が働くのはいまでいうワークシェアリングで、家族一人当たりの労働時間を減らしながら経営総収入は増えなかった。

今は機械化や農薬など技術の進歩で50年前より面積当たりの労働雇用は10分の1から20分の1に減り損益分岐点は高くなっている。総収入に占める労働貢献は少ないのである。

現在の社会は魚屋・肉や・八百屋に代表される「や」と名づく自営業は少なくなり職業は分業化・細分化して専門的になっている。農業は稲作技術や畑作・果樹栽培と呼ばれるように播種から収穫まで一貫技術である。職能が対照的に展開した50年間であった。

こうした点を考慮すると農村と農業が失業救済の緩衝地帯には成りにくいだろう。

だが林業は可能性が高く林業者と新規就業者相互にメリットがあるのではないか。外材におされて林業経営が成り立たなくなって久しい。間伐や枝打ちなどの費用が捻出できず管理されない数十年が過ぎ、このままでは良材の生産が危ぶまれる。細々とではあるが補っているのは市町村毎にある森林組合だ。林野庁が補助金で支えている。

農作物は一年完結の春夏秋冬の適期作業だが、林業の適期作業は数年から十年以上の幅があり四季を問わない。枝打ち間伐が遅れている杉林は多いしまだ作業適期である。しかも職人技ではあるが習得すれば年間就労できる。

国も社会も森林を保守管理する金と労力を他産業にまわして来たが、労力の有り余る今はチャンスではないか。各地の森林組合や旧緑資源機構の発言が待たれる。

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原発分社化の提言

田中直紀参議院議員の挨拶      

2009.1.15

柏崎市の新年賀詞交換会が5日市民プラザで行われた。その時の田中参議院議員の挨拶を越後タイムスが記事にしている。以下タイムスの記事を引用すると「田中参議院議員も原発の問題に触れ、東京電力に対し『分社化など、地域との関わりをもっと大胆に打ち出して、電力会社として生まれかわってもらいたい』と要望した。

越後タイムス以外の記事を一応は探したが見つからなかった。それだけにこの短い記事では前後の文脈も分からず正確な意図は掴めない恨みはあるが、含むところは大きいのではないだろうか。

原子力発電所が地域の政治はともかく文化・経済の貢献度については議論の別れるところである。柏崎刈羽は原発との共生のあり方が的確であれば繁栄し、誤れば衰弱するのは地域住民の共通認識である。振り返れば原発賛成・反対を含めて利害関係者の発言が大きくて真相を覆っているのではないかとの懸念が常にある。

田中直紀参議院議員の発言は世界一の発電力を持つ柏崎刈羽の地域の衰弱を看過できないと、また原発の持つマイナーなイメージを払拭する大胆な構想を披瀝したのではないだろうか。

 降って沸いたような東芝の電池工場の進出と田中直紀参議院議員の挨拶は、政治中枢部の原発政策を示唆するものではないだろうか。柏崎の政界が東芝の進出について事前に察知していた様子は今のところうかがえない。柏崎の政治の中央とのパイプが太いか細いか注目したい。

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今年は稲作の転機だ ②

コメ流通の主役は全農JAからコメ市場へ

2009.1.10

「猫の目農政」「曲がり角の農業」と言われ続けながら痛みに耐えた自己改革が出来なかった農業が今度は間違いなく変わる。農業者が高齢化し身体的に限界で病気や離農が目の前にあるという事実は重い。

平均寿命の延びは労働寿命の延びであり、機械農薬の進歩に助けられ高齢者農業が成り立った。自作農家から兼業農家になり年金農家になって食糧生産を支えたが、「次世代稲作経営」にバトンタッチの時が来たようだ。

今年の春から農水省の管轄する公設コメ市場は閉鎖されたままである。それでも価格の妥当性は別としてスーパーの店頭にコメは過不足なく並んでいる。これは農協組織の威力である。 

コメが米屋の独占商品でなくなりスーパーでも買える流通自由になって久しいが、コメ市場がなくて流通に支障が生じないのは流通の本質が「配給」になっているからだろう。農家で生産されたコメは農協から全農に集約され、全農が配給の元締めである。

元締めとはいえ過剰米を抱きかかえる力はない。米価下落で生産不適地は淘汰され大農小農は自ら消費者を探し、農協は大農小農組合員の販売代行で利益を稼ぐ事も考えられる。

「減反か自由作付けの選択制度」のポスターのもたらす過剰コメは23年は続くだろう。多数の売り手と多数の買い手がいればコメ市場は自然発生する。「配給制度」から「市場機能」へ流通は転換しコメ販売の主導権は全農から大農小農が組合員の単位農協に移ると予想される。

全農は機構の見直しを迫られ単位農協は全農に販売委託して手数料を取るが責任は取らない甘い商売から転換を迫られる。農協組織の換骨奪胎になり組合員と農協の利害が一致して本当の農協になれる。

農水省が減反割当て(統制経済)から手を引いたのは食糧生産の担い手育成が市場経済を基本にした生産機構の構築と需給が均衡した再生産米価の探求にあるのであろう。コメ流通で果たしている全農の役割を外したい思惑が見える。東京穀物取引所がコメ先物上場を申請するが農水省の狙いを明らかにする試薬であり注目すべきだ。

いまさら規制会議に「生産者が自らの判断で品目や生産量を判断できる新たな需給システムを構築するよう提案」されるような農業を国が政策としてやっているのは自由と民主主義の基本理念に叛く。

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今年は稲作の転機だ ①

減反中止の風が吹く  2009.1.4

昨年からアメリカ発の金融危機で経済界が不況と雇用で苦悩しているニュースが氾濫している。中越沖地震は柏崎の(株)リケンが自動車産業に深く組み込まれ重要な役割を果たしている事を知らしめたが、トヨタの赤字転落予想がリケンの大量解雇に直結してまた市民は驚いた。

経済界の苛立ちが補助金をガブ飲みしながら非効率な生産構造から抜け出せない農業に向かったのかも知れないが、減反中止の風が吹いてきた。政府の規制改革会議(議長・草刈隆郎日本郵船会長)が減反来年廃止を答申した。『減反を廃止して2009年中に生産者が自らの判断で品目や生産量を判断できる新たな需給システムを構築』するよう提案し、石破農相も1228日減反廃止を検討すると言明した。

猫の目農政の言葉がある。減反制度は2007年コメの需給調整、すなわち減反割り当てから農水省が手を引き農業団体(実質は農協)に委ねた時点で終わっている。需給調整の主体となった農協はコメ市場の機能を活用した需給調整ではなく、農水省がやってきた権力と金力(補助金)の手法をそのまま踏襲し、また農水省も新農政の理念を踏みにじるように生産割り当て目標を掲げ農協の応援をした。今年の春、東北農政局のポスター「作り過ぎはもったいない」の騒動の背景である。猫の目農政よりひどいマッチポンプ農政である。

2007年からの新農政「品目横断的経営安定対策」は認定農業者となる大規模経営を優遇し小農を政策対象から外し、減反参加者は手厚い保護を加え一方で減反不参加の自由作付け権利を認めている。農業者は大小を問わず減反をするか、しないかの基本の選択が保障されているのである。この事を知っている農業者はほとんどいない。「作り過ぎはもったいない」のポスターはあっても「減反か自由作付けの選択制度」のポスターはない。

規制改革会議が生産者は自らの判断で品目や生産量を判断できる新たな需給システムの構築を提案しなくても、また石破農相が減反廃止の検討をしなくても「減反か自由作付けの選択制度」のポスターを作り全国にばら撒くだけで足りるのである。

自由作付けが違法でないと知ったとき何が起こるか。政策対象から除外された大多数を占める小農は全耕地に作付けし、激しい市場競争を見越した大農はコスト削減のため全面作付けで勝ち残りを図るだろう。長期的な需給均衡のため先ず過剰供給の米価下落は必至である。

米価の下落は小農と稲作不適地を淘汰する。生き残った稲作適地と優れた経営者は米価が底打ちした時、再生産が可能でかつ利益の出る商売として旨味のある稲作経営が出来る。国産コメを食べたい消費者がいる以上米価は底打ちする。

このようにコスト競争力のある稲作、「次世代稲作」を消費者は望んでいるである。政府は「次世代稲作」の担い手を農業者と限定していない。企業であろうが農業未経験者であろうが市場競争で「次世代稲作経営者」を選び出そうとしているのである。それが2007年から始まった「品目横断的経営安定対策」の狙いと見るべきだ。

参議院選挙で負けた自民党と揺れる政局が目先の農政を逆戻りさせたが、基本線は市場競争にある。刈羽砂丘の惨状は競争に敗れた象徴である。先手を取らなければ柏崎刈羽の美田が荒れた刈羽砂丘のようになる。

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