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2008年7月

小さな池の大きな鯨

教員採用に思う透明度の重要性 

2008.7.29.

贈収賄は商売がらみの世界で起こる事と思っていた常識がひっくり返った驚きが大分県教員採用昇進の騒動である。教育現場で子供たちとの崩れた信頼関係をどうするかだけではない心の痛む問題である。社会は日々刻々と変わるだけに軋みも生まれ、時には贈収賄など汚職のタネは尽きることがない。

教育は根底に信頼と善意を置くだけに先生の採用時点で贈収賄があったとは誰もがビックリした。定員枠があるから点数を水増しされて合格した人数だけ本来合格すべき人が不合格になっている。

これは教育という特殊現場だから許されない問題ではない。汗と苦労の結果が評価されないで、情実や賄賂がまかり通る社会は希望のある社会ではなく、腐敗と汚臭の臭う社会である。途上国と先進国の違いはこの差であり人間の歴史は公正で透明度の高い社会に前進する戦いでもあった。今は過去の歴史だが共産主義と資本主義の世界覇権をめぐる争いに共産主義が敗れ市場経済一色に染め上げたのも自由で透明度の高い社会が支持されたからだろう。

先日、柏崎の有識者と評されているS氏が「東京電力に入社している人に地元の有力者や東電とつながりの太い人の子弟が多い。東京電力は地元振興を考えるなら地元採用枠を設け公表して、広く受験入社のチャンスを与えるべきだろう」と話していた。柏崎刈羽原子力発電所は生活用品から生産資材の調達、広大な敷地管理など膨大な需要をかかえている「柏崎刈羽の小さな池の中の鯨」である。

柏崎刈羽原子力発電所は日本のエネルギーを左右し地球温暖化の日本の責務の達成度に影響し、今日の新聞は東京電力の経常赤字4250億円(中越沖地震がなければ経常黒字4300億円が予想)、電力料金値上げ800円(月間・標準家庭)と伝えている。かくも大きな鯨が吐く息は柏崎刈羽の空気を腐らせもするし透明度を高めもする。

会田陣営と桜井陣営、巨鯨に清浄な呼吸を続けさせる秘策がありますか。

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農業が乗り越える壁②

稲作の受け皿造りが始まっている  

2008.7.19.

激変する農業環境と現実(2008.6.19.)で

    エネルギー資源高騰と肥料の値上がり

    市場機能が作用しない

    コメ価格が高騰しているのに生産者価格が上らない

    減反の強要

以上の事について書いた。

今回は19年から始まった「新農政の目指す農業」を推測する。

19年からの新農政は「品目横断的経営安定対策」と名付けられたが、名称から政策内容を想像する事は不可能だ。行政指導と農協営農部の口頭説明で知らされているから不正確な解釈がまかり通っている。

「品目横断的経営安定対策」は農民を食糧生産の担い手から外し、法人といわれる組織体を担い手として位置づけた。「農民」は生産者ではあるが経営感覚がない。「法人」は販売ルートを開拓し、コスト計算をし、採算分岐点をつかみ、投資家から資本を集め、農業労働者を雇い賃金を払う。すなわち「経営」を行う。経営能力のある者が食糧生産を担う狙いである。

 昭和30年代、平場の水田は3001反(10アール)に区画されていても鍬を振るい牛馬のしりをたたいて耕す人力畜力の農業で農機具代も僅かでコメ売り上げ代金の8割が所得であった。だから一生懸命に汗を流して働けば生活は成り立ち蓄えも出来た。「稼ぐに追いつく貧乏なし」のことわざが生きていた。経営用語では「損益分岐点が低い」のである。「生産」に励むだけで「経営」を考える必要はなかった。稲作の歴史が始まって以来のビジネスモデルであった。

 稲作技術の進歩は新しいビジネスモデルに変わる苦しみでもあった。昭和30年代半ばから機械化貧乏と自嘲しながら機械化は進み次第に損益分岐点は高くなり、経営感覚がなければ稼ぎに貧乏が追いつく事態となった。自作農で生計をまかなった時代から、給料と農業でまかなう兼業の時代を経て、今は年金生活者が年金をつぎ込みながら農業をしている。

 これが柏崎刈羽の農業であるが全国の平均像でもある。儲からない農業に後継者はいない。原因を正して農業を活性化して食糧生産の担い手とするだけの手間隙がかけられないし、郵政民営化以上の既得権者の抵抗も予想され時間切れになれば、更なる食糧自給率の低下で恐ろしい事になる。

 そこで農業に経営理念を持ち込む政策が「品目横断的経営安定対策」である。    新政策の骨格は

    政府主導の需給調整は止め市場中心で需給実務は生産者団体(農協)が行う。

    認定農業者制度により本土4ヘクタール北海道20ヘクタールで区分けする。

    4ヘクタール未満農家の受け皿として法人化集落営農組織を作る。

    認定農業者の法人化を誘導する。

    一般企業の農業参入を認める。

この意味する所は

働くだけの農民はいらない、農業を経営して利益をあげ赤字になれば淘汰する。4ヘクタール以下の農家は集落営農組織に入れ、赤字は構成員で埋める。セブンイレブンでもブルボンでも稲作経営できます。減反はしてもしなくても自由です、販売も自由です。(注;減反しない農家のコメでも農協は買い取りの義務がある)

行き着くところは販売競争に勝ち、利益をあげて経営競争に勝ち残った者が稲作を拡大し、赤字が積もり稲作経営から撤退する者もあってコメ過剰がなくなり適量生産になる。役人や農協の生産割当てではなく、市場が売れるコメを作った産地に増産を促す。

これが「品目横断的経営安定対策」の本当の狙いです。(「品目横断的経営安定対策」は「水田経営所得安定対策」に名称が変わったが本質は変わっていない)

柏崎刈羽には5500ヘクタールの水田があり、稲作は60歳以上の農業者が83%を占めその内70歳以上が60%である。稲作をさせない減反割当てが達成出来たか、出来ないかと役場も農協も騒いでいるが、稲作の受け手を捜す苦労がすぐ始まる。稲作大転換の時代は農村大変革である。高齢化に決め手を欠き限界集落になるか、青壮年男女を呼び込んで活力ある農村を作るか、政策の意図を読み取り果敢に手を打つ政治の役割である。

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柏崎市長選挙⑥

西川支持者との融和なるか 2008.7.16.

桜井氏15100票 西川正純氏16200票 会田氏17000票で単純図式では保守分裂の間隙を会田革新が衝いた勝利であった。今回は西川正純前市長が立候補せずに桜井・会田の決戦となっている。単純化した保守と革新の票数は保守31300と革新17000の対決である。合併した西山町と高柳町が投票に加わるが大勢を覆す有権者数ではない。

会田現市長が革新勢力を足場にしつつも市政を担い、しかも中越沖地震の復興指揮は現実との向き合いとなり保守層にも支持を広げたであろう事は想像に難くない。しかし昨春の県議選で自民党は三富氏と東山氏が当選し民主系候補を激戦の末せり落としている。かくも強い保守基盤を持ちながら桜井陣営優勢の声が聞こえにくい。

西川正純氏と桜井雅浩氏は今年になってから5回の会談をしている。当然現市長を相手とした選挙戦略であり西川・桜井両氏の立候補調整だろう。結果において桜井雅浩氏が市長選に名乗りを上げ西川正純前市長が断念して現在の形である。

しかし、会田陣営の幹部が広言するように西川支持者には4年前の惜敗の要因は会田より桜井だとの感情が強い。5回あった西川・桜井会談でも詰められず、桜井選対でも詰めきれないのが西川支持者の取り込みである。西川前市長の経験と行政手腕をどのように活用するか、桜井雅浩氏の知恵の見せ所だろう。

原発再稼動の条件

桜井氏は原発賛成派の自他ともに認めるリーダーである。データー改ざんなどいわゆる東電不祥事が続発して原発容認派なる名称が出てきたが、容認とは「本来嫌だけれども仕方なく認める」というニュアンスである。大方の賛成派が容認派に衣替えした。産業界や政界のリーダーが容認派に転向してから柏崎刈羽の原発への姿勢に腰が引けたのではないか。

 桜井陣営の政策パンフにも原発再稼動はあるが、会田陣営の主張との違いが明確でなく原発賛成派リーダーの面影が感じられない。原発推進を柏崎発展の基軸にすえるなら「安全と安心」のスローガン政治・標語政治から脱して、市民に分かりやすい具体的な公約を掲げるべきだろう。原発推進18年の真骨頂を示して頂きたい。

 石油の高騰が全国一斉休魚なり、台湾・中国・イタリア・フランスなども同じで世界現象になっている。エネルギーが社会を支えている様子が手に取るように見えてきた。技術的に未完成の原子力発電ではあるが、廃炉・凍結などは不可能で引き返す事は出来ない。          

 エネルギーの重要性に人々は気づき始めた。原発の危険は柏崎刈羽が背負い電力の恩恵で東京が潤う不公平をどのように正すのか、桜井陣営が答えを出すべきだろう。

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柏崎市長選挙⑤

沈黙する反原発グループ  

2008.7.12.

会田市長は反原発グループを有力な支持基盤として誕生した。そして今年11月の市長選でも再選を期した選対幹事長は社民党市会議員である。にもかかわらず原発再稼動を含む原発と柏崎の共生共存について反原発グループらしき発言が聞こえて来ない。反原発グループは柏崎のオピニオンリーダーであり論客も多士済々であると評価されているのに、この沈黙は何故だろう。

会田後援会パンフレットには「スピード感ある復興へ 引き続き全力投球します」を筆頭に6項目の重点事項が掲げられているが、原発関係は最終項目で「原発と柏崎市」として取り上げ「①重要な基幹産業のひとつ原子力発電所とは共存を図ります。②運転再開に向けては、東京電力・国に安全確保を厳しく求め、相互の信頼関係を確立します。(原文のまま)」と簡単に書かれているだけである。

これだけの公約なら原発推進派が震災による原発停止の事態を受けて立ちすくみ、有効な説得の理論も手段も見当たらないため、原発問題は頬かむりして通り過ぎるべくおざなりに書いたものだ。と言われたら「あア そうか」と納得する文章である。とても反原発グループが支持する市長候補の公約とは考えられない。

反原発グループは柏崎市民から常にある一定の支持を受けている。その理由の一つは原発利権と闘うクリーンな団体・組織のイメージがあるからだろう。全国の有権者が社会党を支え今はほそぼそとはいえ社民党を支えている事と同心円である。

 支持層を持ち説明能力のある論客が居るのだからこの公約の説明が必要ではないか。しかも反原発団体は廃炉や凍結を求めて市民運動をしている。行っている活動と市長選対応の整合性が次第に問題として浮かび上がって来るだろうが、正面切った説明が聞きたいとする声はある。

 説明よりドンブリ勘定を伝統的に得手とする保守系政治家でも最近はマニフェストなる言葉に気を配る。

柏崎の選挙通Aいわく「反原発グループは会田陣営以外に行き場がない、陣営内の保守系に発言を封じ込まれている」選挙通Bいわく「市政与党の甘さを知ったから離れられない」。

石油資源から原子力発電へと世界の潮目は変わりつつある。だからと言って原子力発電に伴うさまざまな恐怖が解決されたわけではない。反原発団体が長い間に培ってきた知恵と知識を原発再稼動の旗印に掲げた会田陣営で発揮してこそ特色ある柏崎刈羽原発をアッピールできるのではないだろうか。

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柏崎市長選挙④

盛り上がらない柏崎市長選挙  

2008.7.11.

11月の投票日まで余すところ4ヶ月だが、選挙戦の盛り上がりが感じられない。中越沖地震から1年、地震がもたらした道路や家屋の被害は中越地震や岩手宮城内陸地震が示すように地震の典型的パターンである。大地震に上乗せされた中越沖地震の特殊性は原子力発電基地が被災し発電は完全停止し1年たった今も再稼動の見通し立たない深刻な状況である事だ。

もう一つの特殊性は農業被害である。新聞・テレビが報道しないから注目されないが、柏崎刈羽の稲作の中心は70歳前後であるから5年以内には稲作から引退する状況にあるが後継者がいない。中越沖地震はそこを襲い農機具や作業場を壊した。これは高齢農業者の引退を前倒して農業の構造変化を引き起こす。

この二つの特殊要因はいずれも まだまだ柏崎 や 頑張ろう柏崎 の標語のように個人の努力とか自己責任で解決の出来る問題ではない。地域住民に共通する生活と経済の基盤をどのように作るか、という政治の仕事である。

通常の市長選挙とは一味も二味も違った選挙であるにもかかわらず市民の市長選に対する関心が薄い、盛り上がっていないと言う声が聞こえてくる。

その原因は会田陣営と桜井陣営が政策以前のところで支持勢力を固める戦術を取っているからではないか。それを裏付けるように某実力者は「原発問題を取り上げるのに腰が引けているのではないか」と語っていたし、また自民党の柏崎・西山・高柳の各支部の不一致が政策の違いによるとも思えない。

政策を後回しにして人脈で勢力固めをすれば勝ち馬探しの選挙になり、有権者はしらけるだけだ。このままであれば次期市長は会田市長か桜井市長である。新市長は柏崎市民の利益を守るために原発再稼動をめぐって東京電力や政府ときわどい折衝をしなければならない。政策を市民に問いかけ、選挙に市民の意向が強く反映した新市長であってこそ交渉の重い責任が果たせる。

原発の再稼動の安全と安心とは何かを具体的に示し、崩壊しようとする農村を立て直す具体策を示した選挙戦に移るのは何時か。注目される。

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